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仙台高等裁判所 昭和28年(ネ)67号 判決

控訴人(原告) 細谷富士郎 外一名

被控訴人(被告) 国・山形県知事

主文

本件各控訴を棄却する。

訴訟費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人山形県知事が控訴人等所有の別紙目録記載の土地について昭和二十二年七月一日附買収令書を以て同年九月三十日にした買収処分の無効なることを確認する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は訴訟棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

(1)  本件土地は昭和二十二年五月十三日買収計画が定められる(同月二十二日公告)以前既に昭和二十一年十二月三十日に接収命令が発せられ翌二十二年五月には米軍の射撃演習に使用され始めたものである。

(2)  本件土地耕作者等は昭和二十四年六月頃に至り米軍司令官より「本件土地を米軍が演習に使用しない日の耕作は黙認するが、米軍使用時における耕作者側の被害に対し米軍は一切責任を負はない」旨の通達を受けた。

(3)  右通達にも明らかなように本件土地は右のように接収されてから後は事実上立入禁止となつて居り、かような土地は耕作可能地若しくは開墾適地などとは到底言い得ないのであるから未墾地買収の要件を具備するとして被控訴人等のした本件買収処分は無効である。と述べ、

被控訴代理人において、

(1)  本件土地は元来殆んど山林であつたが既墾地の延長として開墾適地であるところから終戦後昭和二十一年夏以来地元二、三男並びに引揚者等によつて開墾が進められたが昭和二十二年春買収予定地として着目され同年五月十三日買収計画が定められ買収令書は同年九月三十日(買収期日は同年七月二日)に控訴人に交付された。

(2)  本件土地に対しては昭和二十一年十二月三十日山形第十一空挺師団砲兵大佐より山形県渉外課に対し最初の調達要求が為されその使用目的は砲兵の射撃演習における着弾区域の設定であつたが右地域の範囲については明確にされなかつた。

昭和二十二年五月頃米軍は第一砲座の施設構築に取掛り間もなく射撃演習も行はれたが同年は一回のみで翌年も演習は時折行はれたが継続的なものではなかつた。

(3)  而して米軍は本件土地を砲座若しくは着弾地域に使用したのではなく本件土地は単に射撃の弾道下にあつたに過ぎないのでその附近の既墾地と共になんらその使用収益について制限を加えられることはなかつた。従つてその後本件土地に対しては開拓者が入植し昭和二十二年度に三戸、翌年三戸、同二十五年度にも三戸というように入植者は家屋を建築居住し開墾耕作に従事したのであつて、既存農家はもとより開拓農家に於ても本件土地の使用についてはなんらの制約も阻害も受けることなく公然とこれを為し来り米軍によつて黙認されたというが如きものではなかつた。

(4)  昭和二十四年六月頃以後から米軍の演習回数も次第に増加して来たので戸沢村々民は接収地域内の農耕継続方を米軍司令官に要請した結果従来の使用収益関係の確認と将来に亘る右関係の継続の確約を得た。

(5)  本件土地が事実上立入禁止となつたのは昭和二十八年秋以後の事に属し、本件買収処分当時の状況は前記のとおりであるから被控訴人等のした買収処分にはなんらの瑕疵も存しない。

と述べたほかは原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(証拠省略)

理由

控訴人等所有の別紙目録記載の土地について山形県農地委員会が昭和二十二年五月十三日自作農創設特別措置法第三十条により買収計画を定め、同月二十二日その旨公告し被控訴人山形県知事がこれに基き同年九月三十日控訴人等に対し買収処分を為したことは当事者間に争がない。

原審証人大沼六兵衛、細谷忠治、後藤三郎、金子儀七、細谷登喜雄、中里栄、星野弥十郎、細谷芳見、斉藤仁作の各証言を総合すれば、昭和二十一年夏頃本件土地の北方の山の中腹十数箇所に進駐軍砲兵射撃標的が建設され次いで隣村大高根村と西郷村に砲座が構築され同年晩秋頃一回大砲の試射があり翌年春頃から本格的に射撃演習が開始されたこと、昭和二十二年四月頃から本件土地を含む宮下地区に同地区開拓者農業協同組合員による開拓入植が行はれたこと、本件土地は右のように進駐軍砲兵の射撃演習開始によりその弾道下となつたが引続き開拓耕作が行われていたこと、本件土地を含む右地区農地に対する未墾地買収は昭和二十二年七月頃から十二月頃迄にかけて行はれ翌年八月頃から十一月頃迄の間に主として右入植者等がその売渡を受けたこと等の事実が認められ、又成立に争のない乙第一号証の一乃至四、第三号証第四号証の一、二、原審証人斉藤勝治、佐藤亮、清野隆太郎、山崎定雄、新井幹夫、林正照の各証言を総合すると、前記砲兵射撃演習に使用のため進駐軍から本件土地使用要求の出たのは昭和二十一年十一月三十日であつたが、仙台特別調達庁が進駐軍の使用要求に基いて本件土地所有者等の代理者たる戸沢村村長との間に土地賃貸契約を締結したのは昭和二十四年六月三十日でその効力発生期日は遡つて昭和二十三年四月一日と定められたこと(尤も進駐軍の調達要求が全国的に統一されたのは昭和二十二年七月以降のことに属し、仙台特別調達庁が発足したのは昭和二十四年一月一日であり同日以前に於ては調達要求事務は各地域毎に駐屯する進駐軍部隊と各県渉外課との間において処理されていたことが上記各証拠により認められるけれども、本件調達要求が昭和二十一年十一月三十日に正式に為され我政府と本件土地所有者との間にいわゆる接収事務が前記認定の賃貸借以前正式に行はれたとの点については控訴人等の立証しないところである)が明かである。従つて本件の調達は本件土地に対する進駐軍使用権の設定に過ぎず所有権になんら影響を及ぼすものでないといわなければならない。

以上の各認定事実に徴するときは本件土地に対する買収が行はれた当時において進駐軍が本件土地を砲兵射撃演習に事実上使用していたとしても法律上正当に我国民使用権を制限したものとは云えなかつたのであるから、かような土地に対して被控訴人山形県知事のした買収処分にはなんらこれを無効たらしめるような重大な違法の廉があるとは云えない。

従つて控訴人等の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて本件各控訴はいずれも理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第九十三条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)

(目録省略)

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